EPISODE 9

- フィンランド編2 -

ヘルシンキからサンタクロース村のある
ロヴァニエミまでは夜行列車で向かうことにした。
格別、列車旅が好きというわけではなくて、
お金がないからという超消極的理由により
飛行機ではなく列車を選択したわけだが、
北欧の大地をのんびりと列車で走るのも悪くないものである。
窓の外は真っ暗でなにも見えないのを差し置いてもだ。

列車は翌朝7時過ぎ定刻通りロヴァニエミの駅に到着した。
あたりはまだしんとした暗闇に包まれており、
太陽が顔を出す気配はさらさらない。
大きな幹線道路の脇には、北欧チックな針葉樹林が広がっている。

これは後ほど気づいたことなのだが、
このロヴァニエミという街、実は北極圏に属しているらしかった。

どうりで寒いわけである。

ホステルに荷物を置き、市内観光を30分ほどで終わらせた後、
(決して急いだわけではない。本当に何もないのだ)
お目当のサンタクロース村に向かうことにした。
サンタクロース村は、市内中心部からバスに乗って20分ほど行ったところにある。

期待に胸を膨らませて、というわけでもなく、
今日の夜ご飯のこととか、昨日出会った女の子の事とかを
ぼんやり考えていたら村の入り口に到着した。

運転手さんにありがとうと伝えバスを降りる。
彼は優しく微笑んだ。

しばらく雪で凍った道を行く。

程なくして現れたサンタクロース村は不思議な魅力に溢れていた。

中央にそびえるログハウスは北極圏の青白い日を浴びて美しく輝き、
辺りを囲む鬱蒼とした針葉樹林は歌うようにその身体を揺らす。

建物の中はクリスマス色に彩られ、
所狭しと並べられた可愛らしい土産物たちが私の心を弾ませた。

はやる気持ちを抑えられず、
さっそくサンタクロースが控える部屋に向かう。

入り口に張り出された案内によると
サンタクロースは休憩中らしく席を外していた。

休憩終わりの彼からタバコの香りがしたら嫌だな、
なんて乙女チックな妄想を膨らませながら、
併設されたカフェでサンタクロースが戻ってくるのを待つことにした。

その間私が食したのはトナカイのケバブ。
考えてみて欲しい。サンタクロースの良きパートナーであるトナカイを
ケバブにしてしまう人間の非道さを。
そもそもトナカイが食用であることが驚きであったのだが、
これといった癖もなく美味しかったので良しとしよう。
幼気な子供達の心にトラウマを植え付けないようにと願うばかりである。

そして、小さい頃から憧れ続けたサンタクロースとの念願の対面。
千葉県にある某テーマパークを思い出させるような
アトラクションを進んだ先に彼は静かに座っていた。

大きな身体に白く艶のあるフサフサな髭。
キラリと光るブルーの瞳。
穏やかな微笑を浮かべたその人は、
遠い昔小さな頭の中で思い描いていたサンタクロースそのものだった。

「どこから来たんだい?」

日本から来た、と伝えると驚いたことに彼は流暢な日本語を話し始めた。

どこに住んでいるのか、日本では何をしているのか。旅は順調なのか。

そんな簡単な会話が続いたあと、
ふと私の頭をよぎった我が家のサンタクロースの話をしてみた。

クリスマスイブの夜、熱いコーヒーを用意して
サンタクロースのことを心待ちにしていたこと。
朝起きたらカップの中のコーヒーがなくなっていて驚いたこと。

少し意地悪な質問だとは思いながらも、
「あれはあなたが飲んだの?」と冗談交じりに聞いてみた。

「ああ、あのコーヒーか。ありがとう、覚えているよ。
そんなにいいコーヒーではなかったけどね」

豊かな髭を蓄えた老紳士は悪戯な笑みを浮かべてそう言った。

大人になった今となっては、
彼があのコーヒーを飲んだなんてことないのは知っている。

でも私は、彼が私の中のキラキラした思い出を
大切に扱ってくれたことが何よりも嬉しかった。
知的で、優しさとユーモアに満ち溢れたサンタクロース。
そんな彼の前では誰しもが童心にかえってしまうのかもしれない。

しかし、気がかりなことが一つ。
何でうちのコーヒーが安物だって知ってるんだろう。

やっぱりあれはサンタクロースが飲んだのか、そんなわけないか。
なんて事を考えながら帰路についた。

小林潤
Jun kobayashi

1992,08,31 千葉県船橋市生まれ
明治大学法学部
趣味:酒
好きな食べ物:さくらんぼと親子丼
好きな女:長澤まさみ
座右の銘:人生一生モラトリアム