EPISODE 4

- シベリア鉄道編2 -

りんごとバナナで朝ごはんを済まし、ぼんやりと物思いに耽っていた頃、
列車は国境の街ナウシキに到着した。

背丈2メートルはありそうな屈強なロシア人職員が勢いよくドアを開けはなち、
ドカドカと入り込んできては、パスポートを見せろと要求した。

国境審査の始まりである。

ありとあらゆる感情を極限まで削ぎ落とした表情と態度をもってして、
隈なくパスポートをチェックした後、投げ捨てるようにそれを返して去って行く。

チェックに次ぐチェック。腹を立てている暇はない。
ふざけた事をしようなものなら、容赦なく撃ち殺されそうな、そんな雰囲気。

「なんでロシアなんかに来ちゃったんだろう」

というのがこの時点での率直な感想である。

その後荷物検査と麻薬探知犬によるチェックをクリアし、晴れて入国審査完了。

新鮮な空気を求めて一歩外に出てみると、
そこにはさっきまでとは違った世界が広がっていた。

何がどう変わったかと言われると上手く説明できない。
でも何かが違う。
土も森も空も空気でさえも、何もかもが今までのそれと何か違うのである。

国境線なんてものは人が勝手に決めたもので
決して目に見えるものではない。
しかし絶対的な隔たりがそこにはあった。

たぶんそれは頭で考えても理解できるような代物ではなく、
全身の肌を通して感じる何かなんだと思う。

列車はその日の夜ウラン・ウデと呼ばれるブリヤート共和国の首都に到着した。

ブリヤート共和国とはロシア連邦を構成する共和国の1つで
東シベリアのバイカル湖の南東に位置する国である。

そんなウラン・ウデの駅で
ブリヤート人のとある親子と相部屋になった。

日本人そっくりな風貌と人懐こい笑顔。
話してみてわかった物腰の柔らかさ。
自然と緊張も緩む。

意思疎通は大変だけれども、拙い英語でのやり取りは楽しい。

途中息子さんが席を外した時、お父さんがふいに私に問いかける。

「息子、英語、うまいか?」

お世辞にも彼の英語は上手とは言えなかったけれど、
それでも私は「うん、とても」と答えた。
(世の中にはついていい嘘とわるい嘘がある、と勝手に思っている)

それを聞いたお父さんは誇らしげにうんと頷いて、静かに笑った。

きっとうちの親父も誰かに私のことを話す時こんな風に笑っているんだろうなと思う。
国は違えど息子を思う親父の気持ちは一緒なのかもしれない。

帰ったら親孝行でもしようか。と、らしくないことを思う。

翌朝眼を覚ますと2人はもう身支度を済ませていた。
まもなくイルクーツクに到着するらしい。

薄っすらとした暗がりに包まれた、味気ない景色。

窓の外を眺めながらぼーっとしていたら、お父さんが生姜の紅茶を入れてくれた。

日本人は寒さに慣れてないから風邪引いたらいかんだろうって。

覚えたてのロシア語で精一杯の感謝を伝えると、お父さんは笑顔でこくんと頷いた。

こういう時言葉とは不便なものだなとつくづく思う。

感謝の気持ちを伝えたい時、「ありがとう」の一言ではどこか寂しくて、
だからといって何回も重ねた「ありがとう」はどこか安っぽく聞こえてしまう気がして。

私は丁度いい匙加減がわからなくて、いつも歯がゆい思いをしている。

小林潤
Jun kobayashi

1992,08,31 千葉県船橋市生まれ
明治大学法学部
趣味:酒
好きな食べ物:さくらんぼと親子丼
好きな女:長澤まさみ
座右の銘:人生一生モラトリアム