EPISODE 2

- モンゴル編2 -

朝方7時頃だろうか。
羊を追いかける牧羊犬の遠吠えで目を覚ます。
一晩中燃え続けていた炎も朝方には灰と化し、
ゲルの中にはほんのりと炭の香りがが漂う。

カチカチに固まった身体を無理やり叩き起こし外に出てみると
辺はまだ暗く深い霧が立ち込めていた。
青々とした草木の香り。空気中に漂う微細な水分子。
それらを余すことなく身体に取り込むようにゆっくり、ゆっくりと深呼吸をする。

新鮮な酸素が血液に乗って頭のてっぺんから爪先まで隅々まで運ばれていき
全身の細胞がゆっくりと目を覚ます感覚が心地よい。

そんな風にして五感をフル活用し、穏やかな朝を堪能していると、
妻のアルラが隣のゲルからひょいと顔を覗かせこっちに来いと手招きする。
中に入ると朝食が用意されていた。
山羊の乳でできたミルクティーと質素なパン。
ミルクティーは思ったよりくせがなく、塩気が効いていて美味しい。
パンは素朴な味わいだがかすかな甘みが感じられる。

モンゴル語でありがとうと何度も伝える。
カルタンとアルラはまん丸の顔をしわくちゃにして
笑顔でうんうんと頷きもっと食べろと催促する。

その光景がなんだか田舎のおばあちゃん家に帰省した時みたいでなんだか笑ってしまった。

言葉なんてなくたっていい。
無理して何か話そうとしなくてもいい。大切なのは同じ食卓囲み時間と空間を共有すること。

「おもてなし」なんてわざわざ口にするもんじゃないんだな。と彼らの姿を見て思う。

家長であるカルタンとその妻のアルラは、
大草原にぽつんと佇む小さなゲルに娘夫婦と共に暮らしていた。
それぞれがそれぞれの仕事をこなし、みんなで食卓を囲み、酒を飲み唄い寝る。

四日間彼らの一員として寝食を共にし働いた。
別に働いて欲しいと頼まれたわけではない。
ただ、この地で生きるということの意味を自分なりに消化したかったからである。
たった四日間という短い時間ではあったのだが。

この地では全てのものが生活に根差しており、無駄なものは何1つもない。

犬は牧羊犬として羊を追いかけ回し、馬は人を運ぶ。
家畜のミルクはチーズに、肉はもちろん、内臓も血も料理の材料に、毛皮は衣服に。
といった具合に、全ての物に役割がある。

糞は草原の肥やしとなり、家畜は成長した草木を食み、成長し、
人間に恵みを与え、最終的に骨になり土に還る。
生命の循環とでも呼ぶべき食物連鎖のしくみがこの地ではありありと浮かび上がる。

遊牧民は幼い頃から家族の一員として働き、自然との付き合い方を身体で学び、
そうして培った知恵を生活に還元し、成長し一人前となる。

それとは反対に、なにもかも去勢された日本社会でぬくぬくと育った私には、
薪を上手にノコギリで切ることもできなかったし、
ストーブに火をつけることすらままならなかったりした。

伝統的な暮らしの中に文明を程よく取り入れ日々を生き抜く姿は逞しく、それでいて美しく。

よる現代化の波に飲まれず、あの風景を伝統的な暮らしを
これからも守り続けていって欲しいと切に願う。

でもそれはおそらく、
言語も文化も慣習もなにもかも違った国からやってきた
一旅行者のエゴなんだろうな。

小林潤
Jun kobayashi

1992,08,31 千葉県船橋市生まれ
明治大学法学部
趣味:酒
好きな食べ物:さくらんぼと親子丼
好きな女:長澤まさみ
座右の銘:人生一生モラトリアム