EPISODE 11

- デンマーク編 -

いつからだろうか。

機能的にデザインされた街並みが
面白みを欠いた無機質なコンクリート群にしか見えないようになり、
街行く人のささやかな優しさでさえも偽善と思うようになったのは。

先進国特有の他者に対する距離感と無関心さを肌で感じていたせいか
それとも、ただ単に私の心が荒んでいただけなのかわからなかったが、
私は北欧の街を旅することに少し疲れていた。

不完全さを許さない機能的な街並み。
恵まれた社会福祉。美しい景色に暮らす裕福な人々。
ソーシャルメディア上でもてはやされる社会がそこにはあった。

でもなんだか息苦しかった。

今になって思うが私は「毒」みたいなものを探していたんだと思う。
不完全な優しさとか、行き過ぎた熱狂とか、偏屈なプライドとかそういったもの。

あまりに整い過ぎていた北欧の街と人々からは
そんな「毒」のようなものを感じることができず、
疎外感と孤独とが心の片隅に少しずつ巣食っていたのだと思う。

と言うと少し大袈裟かもしれないけれど、
長く旅をしていると多少なりとも
センチメンタルになってしまうことはよくあるものだ。

コペンハーゲンのクリスティアニアを訪れたのは
そんなしこりを抱えながら旅していた頃のことだった。

クリスティアニアはコペンハーゲンの中心部に位置する無政府主義国家だ。
無政府主義国家だなんて言うと、
ひどく物騒なところなんだと人は思うかもしれないが、
要するにあれだ、ヒッピーの溜まり場だ。

そしてまた、ヒッピーなんて資本主義社会から落ちこぼれた社会不適合者の成れの果てだと
人は思うかもしれないが、村内にはちゃんとした職業を持った
(ちゃんとってなんだろう。わからないけど便宜上そういうふうにしておく)
約1000人ほどのヒッピー達が(小さないざこざはあるにしても)
割と平和に、そして楽しそうに暮らしている。

(実際私が訪れた際、住人と警官とのちょっとした小競り合いがあった)

そしてこの村の面白いところは
コペンハーゲン市の法律から基本的に独立しているということ。

つまりこの村には法律というものが存在しないのだ。

しかし法律がないところにもルールはある。

そのルールとは、暴力の禁止、武器携帯の禁止、自動車禁止、
そしてハードドラッグの禁止の4つだ。

(大麻は中毒性がないからという理由で村内で自由に売買されている)

良くも悪くもそんな簡単なルールでこの世界は回っている。

そしてそんな世界に導かれるようにして一歩足を踏み入れると、
それまで私が抱えていたしこりは
ゆっくりと溶け出していった。ように思う。

ボードパークに群がる青年達の熱気、
マリファナを買い求める人々の乾いた笑い声、
昼間っから酒びたるおっさん達のまどろんだ陽気さ。

デンマークという洗練された国に似つかわしくない、、
混沌とした雰囲気。

なんて自由なんだろう。そう思った。
無秩序の中に存在する気だるい秩序がなんだか心地よかった。

たぶん私が求めていた「毒」はここにあったんだと思う。

広場にたむろする若者たちに混じって、
このあたりで作られたらしいクラフトビールを飲む。

「ほんのりとした甘みとスパイシーな香りのバランスが絶妙なんだ」
そう説明してくれたバーテンダーのおじさんはすでに酔っ払っていた。

ぬるくなったビールをちびちび飲みながら、
しばらくの間そこに暮らす人々や好奇な眼差しをもった観光客なんかを
わけもなくただぼんやりと眺めていた。

そんなふうにして、昼間っからマリファナを燻らせながら
屈託なく笑うおっさんたちを見ていたら、
なぜか満員電車に揺られて会社に向かう
サラリーマンの薄くなった頭皮が脳裏に浮かんだ。

どっちが正しい生き方なのかなんてわかりはしないが、
少なとくとも満員電車に揺られるおっさん達は
クリスティアニアに暮らすおっさんたちみたいに笑うことはできまい。

そんな毒にも薬にもならないような物思いに耽りながら、
空になびくカンナビノイドの淡い灰色が
ゆらゆらと風景に同化するのをぼんやり眺めていた時、
不意に誰かが私の名前を呼んだ。

海外で自分の名前を呼ばれることなんて滅多にないから
ひどくびっくりして後ろに目をやると、
見知った顔がそこにあった。と、同時に懐かしい思いが胸にこみ上げてきた。
声をかけてきたその人はクリスティーナだった。

クリスティーナは私がトロントに留学してた頃に出会った
スペイン人の女の子だ。人懐っこい笑顔で笑う子だった。

「また寝坊したの?どうしようもないわね〜」

二日酔いでどうしても朝起きられず、
午後の授業から顔出した時なんかは決まってそうなじられた。

「昨日飲み過ぎちゃってさ。まだフラフラするよ」
なんてくだらないやりとりがどうしようもなく楽しかった日常。

いま思えば私は彼女の笑顔にどことなく惹かれていた。
もっと言えば彼女のことが少し好きだった。

そんな生活から2年半。
かつて同じ時間と日常を共にした彼女と世界の片隅で偶然出会う。

偶然か。それとも必然か。
判別はつかないが人生の不思議さを思わずにはいられなかった。

会えて良かった。声が聞けて良かった。
数日前とは比べ物にならないほど心が軽やかになった気がした。

「バルセロナでまた会おうね」

とびきりの笑顔でそう別れを告げて歩き始めた彼女の後ろ姿を
私は見えなくなるまで見つめていた。

小林潤
Jun kobayashi

1992,08,31 千葉県船橋市生まれ
明治大学法学部
趣味:酒
好きな食べ物:さくらんぼと親子丼
好きな女:長澤まさみ
座右の銘:人生一生モラトリアム